父とケンカ

母がおかしくなってから気づいた事なのだけれど、事実とは異なる話を否定せずにそのままやんわりと聞き流す・・・というのはものすごく疲れる。認知症の介護者に向けて、しばしば「認知症の方の話は否定せずに、嫌な顔をせず何度でも聞いてあげましょう」とあるけれど、あれは長嶋茂雄が監督時代に「とにかくホームランを打ってこい」と打者にアドバイス(?)した話と同じで全く役に立たない。

 

しばらくは様子を見よう・・・と言った父だけれど、やはり連日の母の話(被害妄想の入り混じった)がじわじわと効いてきたらしく、遂に母に向かって「お前は頭がおかしいのだ」と説得しようとしたらしい。その結果、母は混乱の極みを来して私にこんなメールを送ってきた。

 

「お父さんに名演技賞をあげたいわ(ピースマークの絵文字)」

 

私は直前まで両親がケンカしていた事も知らなかったけれど、このメールの不穏さだけは伝わってきたので、そのまま母に電話してみることに。

 

母の話から分かったのは、晩御飯を食べている時に父が怒り出し、それで「お前は頭がおかしい」となった事。それで私は母に何度も「お父さんはどうして怒りだしたのか」と聞いても、さっぱり答えが返ってこない。

 

出てくるのは妄想のオンパレードだった。父は「自分は夫として相応しくなかった。もっと他に相応しい人がいたのだろう。」と母に謝罪したという。「お父さんは私が好きな人が大阪におったと思ってるみたいやわ~」と少女漫画の主人公みたいな事をぬかす。

 

そして唐突に、2年前の手術の話が入り混じる。「あんたらが、術後の話をええかげんに聞いてたのがショックやったよねえ」

 

母が言うには、私たちは母が術後に放射線治療を受ける事を医者から聞いておらず、母が最初に聞いたのは退院してから最初の検診だったという。

 

「恐ろしくて放心状態になって、それを見かねて付き添いで来てくれていたTさん(母の年上の友人)が診察室に無理やり入ってきてくれたんよ。」

 

あの上品なTさんが、そんな道場破りみたいに診察室に乱入するとはとても思えない。その上、母の担当医がその説明をする時に「ものすごい汗をかいてたんよ・・・あれは冷や汗やったと思うわ」と、医者を「自分をだまして恐ろしい治療をしようとする詐欺師」と思っている事を告白した。

 

この時点ではっきりと、母は壊れているのだと確信した。ここまで妄想が進んでいるとは思わなかったので、私も母の話を聞きながらだんだん気が遠くなっていった。

 

とりあえず母の話は妄想だと説明しようとすると、母は「・・・・・そういうことに、しといたろか~」「あんたらにはその方が都合がええもんねえ」と完全に人を見下した態度をとりはじめた。なるほど、父がキレたのはこれが要因か。

 

この日の電話はどうやって切り上げたのか、はっきりと覚えていない。翌日にまた母に電話してみると、母の声は完全に感情を失っていた。

 

(私)「声がおかしいよ、しんどいの?」(母)「うん、しんどいの」(私)「横になったら?」(母)「横になった」

 

万事がこの調子で、何を言ってもオウム返しになる。そしてまた父の話になって「お父さんが私を追いつめる」と泣き始めた。

 

「頭がおかしい」と言われたことについては、母は一ミリもそれを疑っていないのでどうやらあまり気にしていない様だった。それよりも母は父から「お昼時に何の連絡もなく帰ってこないこと」を責められるのが何よりも苦痛に感じていたようだった。

 

父はタクシー運転手をしているので、昼食を取りに一旦家に帰ってくる。その時に母から「今日は何も用意してないよ」の一言があれば、外で食べてそのまま仕事に出かけられるのに・・・・と最近私に愚痴っていた。

 

それで母に「仕事の段取りがあるから、昼食があるかないかだけでも知らせて欲しいんじゃない」と伝えてみると、母は「お客さんを乗せて運転してる最中に電話なんかしたら危ないやんか!」と言う。

 

いや、電話じゃなくてメールすればいいじゃないのと言うと、母は「メール・・・・?!」とその存在をすっかり忘れてしまっていたかのような反応を示し「そうね、そうするわ」とあっさりその場は解決した。

 

母は「家に居ないことを父が怒っている=大阪からこんな田舎に連れてこられて閉じ込められている」事を混同しているようだった。「自分はこの家で孤立していて、しかも次から次へと、とんでもないことばっかり起きて・・・」とオヨヨと泣き始める。自己憐憫が止まらない。ロマンティックかよ。

 

やはり母には「自制心」というものが無くなってしまっているようだった。だから一方的に話をするし、友人と外出すると途中で切り上げられない。(まだまだ遊んでいたいのに)人をバカにした態度をとる。そして話を「文字通り」にしか受け取ることが出来なくなっていた。