異変

私と母の電話の内容は次第に「母が一方的に話し続ける」というものになっていった。しかも話に脈絡がないので聞いている方は次第に疲れてくる。

 

やんわりと「話が飛ぶね」と伝えると、昔から私の話は頭の回転が速い人しかついてこられへんかったんよ!とポジティブな(つまり独りよがりな)受け取り方をする。しかしこれは、元からそういう性格の人なので今さら驚くような事じゃない。

 

変だと思ったのは、時折「○○子(私の名前)に言われたように、背筋伸ばしてしゃんとせなあかんね!」などと、全くの作り話が会話に紛れ込んでいるという事だった。(私は母にそんな事を忠告した覚えは全く無い)

 

この時点では、ほとんどが意味も害もない作り話だったので「夢で見た事と混同してるのかな?」くらいに思っていた。それから数日後、母は仲良しのSさんとギャラリーに出かけた。地元のイラストレーターの個展が開催されていて、母は「最高やったよ」と興奮気味にその日の事を(これまた一方的に)話してくれた。

 

母が言うには、そのイラストには「大阪の人間にしか伝わらないようなメッセージが込められている」らしい。大阪人にしか伝わらない?あまりにも妙な言動だった。

 

それで母に「通天閣とか大阪城とか、大阪にしか存在しないようなものが描かれてたの?それとも関西弁がイラストに組み込まれているの?」と問い詰めると「ニュアンスやから説明でけへん」の一点張り。しまいに「頭が痛い」と話を打ち切られてしまった。

 

母は大阪生まれの大阪育ちで、母に限らず多くの大阪の人間がそうであるように「この世でいちばん素敵なところ、それは大阪」と頑なに信じている。それなのに結婚して田舎暮らしをさせられ(母と父は自由恋愛で結婚したので、地方に嫁いだのは自分の意思であるにも関わらず)、その結果「最愛の人と無理やり別れさせられ、好きでも何でもない人と結婚させられた悲劇のヒロイン」のような感情をずっと抱き続けている。

 

だから漠然と「良いもの=大阪的」と思い込んでいるのかもしれない。まあ思い込むのは勝手だけれど、イラストを見て「確かにそう見える」というのは問題だろう。母にはもしかして幻覚も見えている?

 

それからまた数日経って、珍しく遅い時間に母からメールが届いた。内容は母が日記を購入したというもの。そして「やっと本心が書けたんよ!」と書かれていた。

 

連日あれほど電話で話をしているのに、あれは本心じゃなかったのか・・・・と愕然としたけれど、もしかすると母は自分の話が支離滅裂で誰にも伝わっていないという事をうっすらと理解し始めているのかもしれない。