父の思惑

いつものように電話すると、電話の向うでなにやらどたばたとした雰囲気。「お父さんが急に思いたって、今からTおばちゃんの所に行ってくるわ。日帰りで明日には帰るから。」

 

Tおばちゃんは私が生まれる前から隣に住んでいたご近所さんで、最初の頃は同じ年頃の友人たちと暮らしていたが(今でいうところのルームシェア?)年月が流れていくごとに一人減り、二人減り・・・・で最後にTおばちゃんだけが残って独りになった。

 

Tおばちゃんはうちの祖母と同年代とは思えないくらいしっかりした人で、ちゃんと仕事して自活して生涯独身だった。時々作り過ぎたおかずを持ってきてくれたり、母が病気になった時も鉢植えの水やりを代わりにしてくれたり、何かとお世話になっていた。

 

だけど次第にTおばちゃんは家にひきこもるようになり、たまにご近所と顔を合わせると辻褄の合わない事を言うようになった。それで近所の人たちが相談して、おばちゃんの親戚に連絡を入れて病院で診てもらうようにお願いする事になった。

 

そこでTおばちゃんが認知症であるということがはっきりと分かった。そこから後は介護認定を受け、おばちゃんの親戚が認知症の高齢者を預かってもらうためのホームを手配し、本当にあっという間におばちゃんの家はからっぽになった。

 

私は元気な時のおばちゃんしか覚えていない。ただ覚えてるのは、誰かがプレゼントしたロボットペットをものすごくかわいがっていた事。それが壊れてしまったの・・・と悲しんでいたので、新しいものをプレゼントしてあげればよかった、と今になって思う。

 

おばちゃんがまだ元気だった頃「匂いがしない」と言い出した事がある。その時は市販の点鼻薬を使いすぎたかな?と納得していたけれど、匂いが無くなるのは認知症のサインらしい。そういえば、母も手術後に「うつ病」(だと思われていた)を発症した時「匂いがしない」と訴えていた。やっぱりあの時から始まっていたのかもしれない。

 

翌日に両親が帰宅するのを待って連絡してみると、母の弾んだ声が電話口から聞こえてくる。今度の小旅行(車で高速に乗って2時間半くらいの場所)も母にはとても楽しいものだったらしい。私からすると連日旅行しているように見えるのだけど、これはやはり父が母の状態を心配して、意識的に連れ回すようにしているのかもしれない。

 

両親がTおばちゃんに会いにホームに行くと、おばちゃんは数日前に足を怪我したらしく、その近くにある病院の方に移されていた。怪我が治ればまたホームに帰ってくるらしい。

 

おばちゃんは一人暮らしの頃より刺激があるせいか、認知の方も進んでいるどころかむしろ良くなっているように見えたと母は言う。「わたしらの事もちゃんと判ったし、あんたの話もしたんよ。全部おぼえてたわ。」

 

母はずっとTおばちゃんの事を気にしていた(隣に住んでいたのに認知症に気づいてあげられなかった)ので顔を見てほっとしたのかもしれない。この日の話は調子が良く、多少のループはあるけれどさほど気にはならなかった。ただ、一泊したホテルの食事を「全部たいらげた」のが少し気がかり。大食漢の父が残すくらいの量を?

 

あと、これも最近の傾向なのだけれど電話をするとやたらと長電話になる。たぶん時間感覚も狂っているのだろうけれど、連日おかしな話に1時間半くらいつき合わされるのはものすごくしんどい。母よりも自分が先にへたりそうだ。

 

この日の電話の中で、ホテルで売っていたカットソーが気に入って購入したという話をした。「お買い得やったわ~」と何度も繰りかえしていた。まあ、嬉しかったんだろう。

 

その日の夜にPCのメールボックスを見ると母からのメール。嫌な予感。「こんばんは!旅のついでに、掘り出し物GETしたよ!赤のステッチがみえるかな?2160よ!返信無用やで。」(原文まま)

 

昼の話をたぶんすっかり忘れているし、最近は夜になるとよく母からメールが届くのも気になる。夜になると悪化する?